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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)954号 判決

控訴人 甲野太郎こと 甲埜太郎

右訴訟代理人弁護士 岡田正樹

被控訴人 有限会社小見商事不動産部

右代表者代表取締役 小見房蔵

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 菊地博泰

同 髙野隆

右髙野訴訟復代理人弁護士 岡村茂樹

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人有限会社小見商事不動産部(以下「被控訴会社」という。)は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録記載二の建物(以下「本件第一建物」という。)につき、浦和地方法務局昭和五七年二月一二日受付第六二六〇号をもってなした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

3  (従前の請求)

被控訴人乙山松夫(以下「被控訴人乙山」という。)は、控訴人に対し、本件土地及び本件第一建物(以下、右両不動産を「本件不動産」と総称する。)につき、昭和四二年一〇月三日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

(後記の新たな請求原因に基づく新請求)

被控訴人乙山は、控訴人に対し、本件不動産につき、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

4  被控訴会社の反訴請求を棄却する。

5  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に付加するほかは、原判決事実摘示欄の「第二 当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の本案に関する主張

1  左記2及び3の主張を控訴人の主張とし、これと矛盾する従前の控訴人の主張は撤回する。

2  本訴請求に関する新たな請求原因(被控訴人両名に対し共通)

(一) 本件土地は、もと訴外横田タイ、同横田栄一、同横田すみ江の所有であったが、控訴人は、昭和三五年一〇月一二日、右三名から本件土地を代金一六〇万円で買受け、その所有権を取得した。

(二) 控訴人は、昭和三六年八月三日ころ、訴外桜田工務店こと桜田芳吉との間で本件第一建物の建物新築工事請負契約を締結し、その工事代金七五万円を全額支払って同年九月三〇日ころ本件第一建物の引渡を受け、その所有権を取得した。

(三) 訴外亡乙山春子(以下「春子」という。)は、本件土地につき、浦和地方法務局昭和三六年一二月二二日受付第二九一〇三号をもって、同年一〇月三〇日売買を原因とする所有権移転登記を了し、また、本件第一建物につき、同法務局昭和四三年一月九日受付第四五六号をもって、所有権保存登記を了した。

(四) 被控訴人乙山は、本件不動産につき、同法務局昭和五七年一月一四日受付第一五五一号をもって、昭和四三年四月二日乙山ハル相続、昭和四六年一一月一四日相続を原因とする所有権移転登記を経由した。

(五) 被控訴会社は、本件不動産につき、同法務局昭和五七年二月一二日受付第六二六〇号をもって、所有権移転登記を経由した。

(六) よって、控訴人は、いずれも本件不動産に対する所有権に基づき、被控訴会社に対しては、前記第六二六〇号所有権移転登記の抹消登記手続を、また被控訴人乙山に対しては、真正な所有名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を、それぞれなすことを求める。

3  被控訴会社の反訴請求の請求原因に対する認否の訂正

右請求原因1は否認する。本訴請求の請求原因(一)、(二)で主張したように、本件不動産はいずれも控訴人の所有であって、春子はかつて本件不動産の所有権を取得したことはなく、同請求原因(三)の春子名義の所有権移転登記及び所有権保存登記は、いずれも実体のない仮装の登記にすぎない。

二  被控訴人らの本案前の主張

1  控訴人が従前の主張を撤回することには、異議がある。左記2の理由から、右撤回は許されるべきではない。

2  民訴法一三九条一項の申立て

控訴人の主張した本訴請求に関する前記の新たな請求原因(以下「新請求原因」という。)及び反訴請求原因に関する自白の撤回は、控訴人の故意または重大な過失により時機に後れて提出された攻撃防御方法であって、これにより訴訟の完結を遅延せしめるものであるから、前記法条により却下されるべきである。すなわち、

(一) 控訴人は、当初、本件不動産はもと春子の所有に属していたが、控訴人が昭和四二年一〇月三日春子から本件不動産を買受けた旨主張して本訴を提起し、被控訴人両名は、本件不動産がもと春子の所有であったことは認めたものの、控訴人主張の春子との間の売買契約の成立は否認した。

また、被控訴会社は、反訴の請求原因として、本件不動産がもと春子の所有であった旨主張したのであるが、控訴人は、当然ながら、右請求原因を認めたうえ、被控訴人乙山と被控訴会社との間の本件不動産の売買は通謀虚偽表示であるなどと、抗争した。

(二) このため、原審においては、控訴人主張の春子と控訴人との間の売買契約の成否が最大の争点となり、控訴人は、立証として甲第一号証(春子を売主、控訴人を買主、訴外丙川次郎を立会人とする昭和四二年一〇月三日付け建物土地売買契約書)、第二号証(春子作成名義の前同日付け手付金一〇〇万円の領収証)、第三号証(春子作成名義の同年一二月三〇日付け三一〇万円の領収証)等の書証を提出し、証人丙川次郎及び控訴人本人の尋問を求め、被控訴人両名は、右甲号各証の春子の署名押印を否認したうえ、乙号各証を提出したほか、証人二名、被控訴人乙山本人の尋問を求め、原審においては、約二年間に一四回の口頭弁論期日を重ねたすえ、控訴人敗訴の判決が言渡された。

(三) 右のように敗訴の判決を受けて控訴してからは、控訴人は突如自己の主張を一八〇度転換し、前記甲第一ないし第三号証は、控訴人自身が偽造した文書である旨自陳したうえ、春子と控訴人との間の前記売買契約締結の主張を撤回し、新たに、春子から相続により本件不動産を取得した乙山ハルとの間で昭和四三年六月七日負担付き贈与契約を締結し、これにより控訴人が本件不動産の所有権を取得した旨の主張を記載した昭和六〇年六月二七日付け準備書面を提出した。

(四) 控訴人は、右準備書面における主張においても、本件不動産がもと春子の所有であることを自認していたにもかかわらず、本訴を提起してから約三年、控訴を申し立ててからでも約九か月経過した後、控訴人は、昭和六一年一月三〇日付け準備書面において、更に右負担付き贈与契約の主張をも撤回し、春子がかつて本件不動産を所有していたことを否定したうえ、「追加的主張」として、新請求原因を主張し、次いで同年三月二五日付け準備書面において、新請求原因を控訴人の主張とし、これに矛盾する従前の主張は撤回する旨主張するに至った。

(五) 控訴人は、自ら春子名義の売買契約書、領収証等を偽造したうえ、これらを根拠に、春子との間の前記売買契約の締結を主張し、右偽造文書を書証として提出したものであるから、本訴提起の当初から、右売買契約締結の主張が理由のないものであることを知っており、したがって新請求原因をいつでも主張することができ、また、前記反訴の請求原因に関する自白をいつでも撤回することができたはずである。

そうすると、前記経緯で主張されるに至った新請求原因が、時機に後れて提出された攻撃方法に当り、また、前記自白の撤回が時機に後れて提出された防禦方法に当たることは明らかであり、しかも右経緯からして、時機に後れたことが、控訴人の証拠偽造行為に端を発しており、控訴人の故意に基づくものであることもいうまでもない。

(六) そして、もし控訴人の新請求原因の主張及び自白の撤回を許したならば、原審における双方の攻撃防禦が、春子と控訴人との間の前記売買契約締結の有無を中心として展開されてきた原審の審理経過からみて、原審の審理は全く無駄に帰してしまい、新たな訴訟を一からやり直すに等しい結果となり、訴訟の完結が遅延することになるのも明白である。

よって、新請求原因の主張及び自白の撤回は、民訴法一三九条一項により、却下されるべきである。

三  被控訴人らの本案前の主張に対する控訴人の答弁

新請求原因の主張及び自白の撤回が民訴法一三九条一項の時機に後れた攻撃防禦方法にあたるから却下されるべきである旨の主張は争う。すなわち、

1  右本案前の主張2(一)ないし(四)の各事実は、明らかに争わない。

2  同2(五)、(六)は争う。控訴人は、前記のとおり、自ら本件土地を横田タイらから買受け、また自ら本件第一建物を新築したものであるが、便宜上、本件不動産の登記名義を春子にしておいたにすぎない。春子が昭和四三年四月二日ころ死亡した後、控訴人は、自己の登記名義を回復するため、知合いの法律事務所の事務員に相談したところ、春子を売主とする売買契約書があれば、簡便に春子の相続人から控訴人への所有権移転登記ができる旨の示唆を受け、昭和五〇年ころ、前記甲第一ないし第三号証を偽造した。しかし、控訴人としては、あくまでも自己の所有物である本件不動産の登記名義を回復するための手段にすぎないと確信していたのであるから、文書偽造についての違法の認識はほとんどなく、本訴の提起に際しても、原審訴訟代理人に右甲号各証作成の経緯を説明しないまま、これらの書類を同代理人に委ね、爾後の訴訟追行を同代理人に任せきりにしていた。控訴人は、法律には素人であり、右の甲号証等があれば、本件不動産の実質上の所有権者である自己の本訴請求は認容されるものと信じていたものであり、また、原審において、右甲号証に貼付された収入印紙の年代が問題となってからも、前記代理人から特段従前の主張の組み立て直しのことを聞かなかったのであるから、仮に新請求原因の主張及び自白の撤回が時機に後れて提出された攻撃防禦方法に当ったとしても、その提出が遅延したことについて控訴人には非難されるべき点はない。また、控訴人の原審訴訟代理人としても、本訴の受任に当り、春子名義の売買契約書、領収証等の成立の真否を検討せず、更に原審での審理が進む中、右の書類に貼付された収入印紙の年代が問題とされたとしても、契約書等に貼付された収入印紙の発行年代と契約書等の作成日付とにズレがあったからといって、直ちに当該契約書等が偽造文書ということにはならないことは明らかであるから、その後右代理人が控訴人の主張を変更しなかったことにつき、責められるべき点があったとはいえない。

なお、控訴人の新請求原因を立証するためには、新規の証拠調べを要することは事実であるが、これがために原審での証拠調べが全くの無駄になるというものではなく、原審での審理は、控訴人が自ら取得した本件不動産を春子名義に登記しておいた背景なり、控訴人と春子、ハル及び被控訴人乙山らとの人間関係など、控訴人の新請求原因を裏づける間接事実について充分な審理が行われたことを意味するのであるから、被控訴人らに何ら不意打ちを与えるものでもなく、また訴訟の完結を著しく遅延させることにはならない。

四  新請求原因に対する認否

1  (一)は否認する。

2  (二)のうち、本件第一建物が昭和三六年九月三〇日ころ新築されたことは認めるが、その余は否認する。

3  (三)ないし(五)はすべて認める。

第三証拠《省略》

理由

第一被控訴人らの本案前の主張について

一  被控訴人らは、控訴人の新請求原因の主張及び反訴の請求原因に関する自白の撤回は民訴法一三九条一項所定の時機に後れた攻撃防禦方法であるから却下を求める旨申し立てるので、まず、この点について判断する。

1  控訴人が本訴を提起してから、新請求原因を主張し、反訴の請求原因に関する自白を撤するに至るまでの経緯が、前記(二 被控訴人らの本案前の主張 2(一)ないし(四))のとおりであること、本訴が提起されたのが昭和五八年一月一〇日、反訴が提起されたのが同年三月一日、控訴人が、反訴請求の請求原因のうち、本件不動産がもと春子の所有であったことは認める旨の答弁をしたのが、同年四月二二日、原判決が言渡されたのが昭和六〇年三月二〇日であること、これに対して控訴人が控訴を申立てたのが同年四月五日で、新請求原因を追加的主張として記載した控訴人の昭和六一年一月三〇日付け準備書面及び控訴人の本訴の請求原因を新請求原因に限るものとし、これと矛盾する従前の主張を撤回する旨記載した控訴人の同年三月二五日付け準備書面を控訴人が陳述したのが同年四月二四日午前一〇時の当審第六回口頭弁論期日においてであること、以上の事実は、当裁判所に顕著な事実である。

2  昭和五八年一一月二五日午後二時三〇分の原審第六回口頭弁論期日において、控訴人の本人尋問が行われたが、その際控訴人は、まず控訴人の原審訴訟代理人の質問に答えて、前記甲第一ないし第三号証はいずれも、各書面に作成日として記載された日にそれぞれ作成されたものであり、かつ、各書面上の春子の氏名の記載とその名下への押印は、いずれも春子本人が行ったものである旨供述した。

次いで、被控訴人らの原審訴訟代理人の反対尋問に対しても、当初は前同旨の供述をし、かつ、控訴人は、春子が右各書面に署名、捺印し、各書面に貼付してある収入印紙にそれぞれ割印を押捺するのを、眼の前で見ていた旨補足供述したが、同代理人が、乙第一六号証(国税庁消費税課課長補佐次屋富弘編「印紙税実用便覧」と題する本の抄本)を後出の書証として示しつつ、同書に記載されている収入印紙の告示年月日及び適用開始日に徴するならば、甲第三号証(領収証)に貼付された収入印紙は、昭和五〇年三月二八日に告示されたものであって、控訴人において右領収証が作成されたと供述する昭和四二年一二月三〇日(右領収証上に記載された作成日付)には、未だ右収入印紙が使われていないことは明らかであるから、右領収証を前同日春子本人(昭和四三年四月二日ころ死亡したことは、当事者間に争いがない。)が作成し、右収入印紙に春子本人が割印を押した旨の前記控訴人の供述はうそではないかと追及したのに対し、控訴人は、控訴人自身は年末で多忙だったため、右領収証作成の場には立会っておらず、丙川次郎に対し、春子に本件土地の買受代金の残金三一〇万円を支払って春子の領収証をもらうよう指示して、その手続を任せていた旨、前記供述を一部変更したものの、なおも、春子自身が右領収証を作成し、右割印も春子が押捺したことはうそではない、この点は右丙川を証人として尋問すれば明らかになる旨強弁した。

更に控訴人は、前記本人尋問の続行期日である昭和五九年一月二三日午前一一時の原審第七回口頭弁論期日においても、控訴人の原審訴訟代理人の尋問に対し、右甲第一ないし第三号証の春子の署名部分はいずれも、各書面に記載されている作成日付どおりの日に、春子本人により作成されたものである旨の供述を反覆し、右本人尋問の終了直前、裁判官が、再度右甲第一ないし第三号証を示したうえ、「これは、本当に、各証の作成年月日として、書いてある時に作成したものなんですか。」と質問したのに対し、「そうです。全くそのとおりです。」と答え、次いで、「あとから作ったものじゃないですか。」との問に対しても、「あとから作ったものじゃないです。」と断言し、なお裁判官から、右甲第一ないし第三号証の春子の署名部分は誰が書いたかを各書証ごとに個別に尋ねられたのに対しても、いずれも春子本人が書いたものである旨供述し、裁判官が、「もう一度、聞きますよ。甲第三号証の『乙山春子』の署名は、誰が書いたんですか。」との質問に対しても、「本人です。」と確言し、最後に被控訴人らの原審訴訟代理人の質問に対し、住所部分と氏名部分とを含め、右甲第一ないし第三号証の春子の各署名欄はすべて、春子本人が書いたものにまちがいない旨供述して、その本人尋問を終了した。

3  昭和五九年五月一一日午後三時及び同年六月六日午後二時三〇分の原審第九回及び第一〇回口頭弁論期日において、控訴人申請の証人丙川次郎の証人尋問が行われたが、同証人も、右甲第一ないし第三号証は、各書面に記載の作成日付どおりの日に作成されたものであり、右各書面の春子の住所、氏名は春子本人が記載した旨証言した。(もっとも、同証人は、第九回口頭弁論期日において、控訴人の原審における訴訟代理人による主尋問の際には、甲第一ないし第三号証の春子の住所、氏名は本人が書いたことにまちがいない旨断言したものの、右各書面に貼付してある収入印紙については、後から貼った感じがする旨ややあいまいな証言をしたが、被控訴人らの原審訴訟代理人による反対尋問では、右各書面における春子の住所、氏名の記載及びその名下への押印と貼付してある収入印紙への割印はすべて、各書面記載の作成日付の日に、春子本人がすべて行った旨明確に証言し、主尋問での前記証言を一部修正した。そこで同訴訟代理人が、確認のため、甲第三号証について、収入印紙への割印をも含め、合計五箇所押捺されている春子の印が押されたという「その時、春子さんにはちゃんと足が二本ありましたか。」と尋ねたのに対し、同証人は、「はい。」と答えたのであるが、第一〇回口頭弁論期日において、控訴人の前記代理人の尋問に対し、甲第一ないし第三号証は、いずれも各書面に記載されている日に作成されたことにまちがいないが、各収入印紙への割印の押捺だけは、春子の死後、同証人がたまたま所持していた春子の銀行取引用印鑑を利用して押捺したものである旨証言し、前回の同証人の証言を一部訂正した経緯がある。)

そして、原審証人丙川次郎の証言によれば、右丙川は、控訴人の義弟(控訴人の兄嫁の弟)であり、昭和三〇年ころから控訴人の文具商の仕事を手伝うようになり、その数年後ころから右証言当時まで引続き、控訴人に文具店の経営を任されていたことが認められ、右事実によれば、右丙川は控訴人に極めて近い立場にいたものと推認することができる。

4  控訴人自身が昭和五〇年ころ前記甲第一ないし第三号証の各書類を偽造したものであることは、控訴人において自認するところであって、真実と認められるが、控訴人が、前記2及び3の本人尋問及び証人尋問の終了後も従前の主張を維持していたことは、当裁判所に顕著な事実である。

5  以上の事実によれば、控訴人は、本訴提起の前から、控訴人と春子との間で昭和四二年一〇月三日本件不動産の売買契約が締結された事実のないことを知っていたものであり、したがって、控訴人は、自己が原告となって、本件不動産の現在の登記名義人である被控訴会社及びその前の登記名義人である被控訴人乙山に対し、所有名義の回復を請求する訴えを提起し、控訴人自身の所有権を基礎づけるためには、本訴提起の当初から、春子との間の前記売買契約締結の事実ではなく、新請求原因その他の控訴人の本件不動産に対する所有権取得が正当であることを根拠づける事実を主張、立証すべきであることを知っていたものと推認することができる。控訴人が控訴審に至ってはじめて新請求原因を主張することは、訴訟物を所有権に基づく抹消登記請求権とする被控訴会社に対する訴えについては、控訴人の故意により時機に後れた攻撃方法を提出することになり(後記二において判示するとおり、被控訴人乙山との関係では訴えの変更になる。)また反訴請求の請求原因のうち、本件不動産はもと春子の所有であったことを認めた自白を撤回する旨主張することは、控訴人の故意により時機に後れた防禦方法を提出することに該当するといわざるをえない。

6  次に、原審においては、春子がもと本件不動産の所有者であったことは当事者間に争いがなく、したがってこの点ないし春子が本件不動産の登記名義人となった経緯については全く証拠調べがなされないまま、春子と控訴人との間の前記売買契約の成否の点を主たる争点として審理が進められ、原判決の言渡がなされたことは、先に説示したとおりであるが、このような審理経過の後、控訴審において、原審において当事者間に争いがないものとされた、本件不動産がもと春子の所有に属したとの点が否定され、新請求原因の主張が許容されるものとすれば、新請求原因について全く新規の証拠調べを行う必要のあること、したがって訴訟の完結が遅延することも明らかである。

7  以上判示のとおりであるから、控訴人の主張した新請求原因は、被控訴会社との関係では、民訴法一三九条一項にいう、故意により時機に後れて提出された攻撃方法であり、また反訴請求の請求原因に関する自白の撤回は、同条項にいう、故意により時機に後れて提出された防禦方法であり、右攻撃防禦方法の提出により訴訟の完結が遅延するものと認められるから、右攻撃防禦方法は却下されるべきである。

二  なお、仮に控訴人の新請求原因の主張が許容された場合、被控訴会社に対する関係では、その訴訟物は、従前と同様、所有権に基づく抹消登記請求権であり、新請求原因は、右訴訟物を根拠づける攻撃方法の交替の意味をもつにすぎないが、被控訴人乙山に対する関係では、その訴訟物は、従前の契約に基づく登記請求権から所有権に基づく登記請求権に変わることになり、したがって従前の請求原因を撤回して新請求原因のみを本訴の被控訴人乙山に対する請求原因とした場合には、訴えの交換的変更がなされることになる。

そして従前の請求原因と新請求原因とを対比すれば、右のような訴えの交換的変更に、請求の基礎の同一性が認められないことは明らかであるから、民訴法二三二条一項、二三三条に基づき、被控訴人乙山に対する新請求原因の主張による訴えの変更を許さないこととする。

三  以上の次第であるから、控訴人は、本訴、反訴各請求について、自己が従前なした主張を撤回することはできないことになり、したがって以下では、当事者双方の主張は、原判決事実摘示欄の「第二 当事者の主張」に記載されたとおりであることを前提に、本訴、反訴各請求について判断することとする。

第二本訴請求について

一  被控訴人両名に対する共通の請求原因である、控訴人が昭和四二年一〇月三日春子から本件不動産を買受けたとの事実について判断するに、かかる事実のないこと及び原審において右事実を証明すべき書証として提出した甲第一ないし第三号証は、控訴人が偽造したものであることは、控訴人において自陳するところであり、右事実に照らし、原審証人丙川次郎の証言及び原審における控訴人本人の尋問の結果は措信できず、他に控訴人の前記請求原因を認めるに足りる証拠はない。

二  そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、控訴人の本訴請求はいずれも失当であるから、棄却を免れない。

第三被控訴会社の反訴請求について

一  当裁判所も、被控訴会社の反訴請求は理由があるから、これを認容すべきものと判断するが、その理由は、原判決一六枚目裏七行目「争いがない。」とあるのを、「争いがない(請求原因1に関する自白を控訴人が撤回することが、時機に後れた防禦方法の提出となり、許容されないことは、先に説示したとおりである。)。」と改め、同一七枚目裏三行目「乙第一号証、」の次に「乙第一一号証、」を加え、同七行目から八行目「約六六・一平方メートル」とあるのを、「六六坪」と、同九行目「五二八八万円」とあるのを「五二八〇万円」とそれぞれ訂正し、同一八枚目表八行目冒頭から同一〇行目末尾までを削除し、その代りに「同2(1)(春子と控訴人間の本件不動産の売買)の事実は、先に本訴請求についての説示において判断したとおり、これを認めるに足りる証拠はない。」と付加するほか、原判決一六枚目裏五行目冒頭から同一八枚目裏一行目末尾までに記載のとおりであるから、これを引用する。

二  そうすると、被控訴会社の反訴請求は理由があるから、これを認容すべきである。

第四結論

よって、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから棄却されるべきであり、被控訴会社の反訴請求は理由があるから認容すべきところ、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤滋夫 裁判官 鈴木經夫 山崎宏征)

〈以下省略〉

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